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平野啓一郎『本心』

  • 執筆者の写真: ゆずは 鳥乃
    ゆずは 鳥乃
  • 1月16日
  • 読了時間: 4分

※この記事には作品のネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。



今回読んだのは平野啓一郎の『本心』(コルク)です。


最近映画化された本です。私が読もうと思ったのも、テレビで映画の紹介をやっているのを見て、興味が湧いたからです。

映画は見ていないんですが、原作にあたるこの小説はとても面白かったです。結構な文量がある印象なので、映画の尺に収めるためにエピソードはいくつかカットされているんじゃないかと想像しています。主人公の内面描写がかなり重要な話だと思うので、映画でそれがどう表現されているのかは気になります。私は邦画をほとんど見ないのですが、いつかこの目で確かめてみるのも面白そうです。


さて、この小説のテーマは「最愛の人の他者性」です。このキーワードは本文中にも出てくるし、作者自身もこの本のテーマはこれ!と言っています。

「最愛の人の他者性」とはどういうことなのか、その説明が本文中で明確に記述されているわけではありませんが、たとえ最愛の人だとしても知らない一面、見せていない一面はあって、最愛の人の中にも他人の部分があるよねってことなんだと私は思っています。

これって相手が最愛の人じゃなくて、正真正銘の他人なら随分イメージしやすい話ですよね。特に仲良くもない同じ職場の人が私に対して、何についても偽りや誤魔化しなく本当の気持ちを話しているなんて、そんなわけがないですから。人は相手によって顔を使い分けている。心理学でいうペルソナってやつですね。


では、相手が他人ではなく最愛の人ならどうでしょう。家族、恋人、親友、まあ誰でもいいです。

私の話をするなら、私は誰に対しても何かしら明かしていないことがあるので、「最愛の人の他者性」という概念は比較的スルッと理解できました。たとえば私は家族に大して、自分の趣味は絵を描くことだとは話していますが、どんな絵を描いているかはほとんど見せていません。小説を書いていることはまったく話していないし、こうしてブログを書いていることも話していないので知らないはずです。なんなら意図して隠しているとすら言えるかも。読まれて困るようなことは書いてませんが、たとえ家族でも自分のすべてをさらけ出す必要はないと思っているので、あえて知らせていません。

私の家族にとって私は大事な家族(と思ってくれているはず)だけど、でも私は家族に見せていない、家族も知らない私の他の顔を持っているんです。


それでは、私の本当の顔はどれなのか。家族に見せている家族としての顔なのか。家族には隠している創作者としての顔なのか。それとも、そのどちらでもない他の顔なのか……。

恐らく、そのすべてが本当の私なんだと思います。人は多くの顔を使い分けているけれど、どの顔だって本当の私の一部であり、どれか一つだけが本当の私ということではないのでしょう。自分でも好きになれない自分の顔があるし、この自分の顔は好きだなと感じる顔がある。でもそのすべてが私なんです。

人は相手によって見せる顔が変わるから、その人には見せたことがない別の顔を持っていて当たり前なんです。それをこの作者は「他者性」という言葉で表現しているのだと思います。


朔也の母は自分の過去や、重要な人間関係、頭の中でどんなことを思っていたかなど、自分自身を構成する大切なものについて、ほとんど朔也には話さなかったんだなと感じました。

最愛の母が亡くなったあと、その最愛の人についてほとんど何も知らなかったことが分かってしまったとき、朔也はそれでも生前の母が何を思っていたのか知ろうとしました。そして朔也は、自分が知らなかった母の「他者性」まで含めて、母のことを愛するんです。

これって当たり前のことのように聞こえるかもしれないけれど、実際にはすごく難しいことだと思います。だって、何で自分には教えてくれなかったんだろうって相手を責めちゃったり、自分に見せてくれていた顔がその人の本当の顔で、自分が知らなかった顔は仮面に過ぎなかったんだって自分を納得させようとしちゃったりしそうじゃないですか。自分がその人のことを何にも知らなくて、分かってあげられてなかったんだって認めるみたいになっちゃうから。でも朔也はそうはならず、自分には見せなかったその人の他の顔も含めて、すべてが本当のその人なんだって丸ごと受け入れているんです。これは絶対に簡単なことじゃない。


簡単じゃないけど、でも「最愛の人の他者性」という概念を知っているのと知らないのとでは、世界の捉え方みたいなものが随分変わってくるんじゃないかとは思いました。朔也と同じようにはできなかったとしても。

朔也は言葉を使って物事を考えるのがとても得意で、そのおかげで色んな大切なことに気づくことができていたように思います。

私ももっと色んな本を読んで、色んな言葉や考え方に触れて、もっと色んなものが見えるようになりたいです。わあ、なんだかすごく読書感想文みたいな締めになってしまった。


以上です!

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