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寮美千子『星兎』

  • 執筆者の写真: ゆずは 鳥乃
    ゆずは 鳥乃
  • 1月21日
  • 読了時間: 3分

※この記事には作品のネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。



今回読んだのは寮美千子の『星兎』(パロル舎)です。


こちらの本は、以前から私とSNSで繋がっている相互さんが、タイムラインでおすすめしていた一冊です。

児童文学だということで読みやすそうだと思ったのと、大人がおすすめする児童文学には面白い本が多いと思っているので、読んでみたいなとなりました。

というわけでいつも通り、紀伊國屋ウェブストアで電子書籍を検索するも該当なし。電子はないのか〜。じゃあ紙の書籍かな?

紙の書籍で検索したらヒット! しかし「ご注文を受け付けておりません」の文字が。どういうこと?

調べてみたところ、なんとこの本は出版社の倒産により絶版本となっていたのです。マジか……。

しかし諦めるのはまだ早い。我々には心強ーい味方が、そう、図書館がついているではありませんか!

というわけで地元の図書館の書庫から引っ張り出していただき、無事に読むことができました。


物語の始まりは突飛な風景から。ショッピングモールの人混みの中に、等身大の二本足の本物のうさぎを見つけてしまうところから始まります。最初は着ぐるみみたいな、いかにも被り物感のある見た目をイメージしたのですが、そういうのではなくて、このうさぎは本当に本当のうさぎの姿をしているようです。ふわふわの。

まるで夢を見ているかのような出来事だけど、周りの大人たちの態度は妙に現実味を帯びていて、読んでいて居心地の悪さを覚えてしまいます。等身大の二足歩行のうさぎをちらりと見た後、関わりたくないと言わんばかりに目を逸らして無視を決め込むのです。駅のホームでちょっと変わった人を見かけても、見て見ぬふりをするような感じ。うさぎはただ、うさぎなだけなのに。別に私がうさぎを無視しているわけではないいんですが、読みながらちょっと罪悪感を感じました……。

夢と現実の狭間にいるような感覚と、詩的な文章で、なんとなく最初から「別れ」の香りがするお話だな~と思いながらじっくり読み進めました。主人公が子どもだというのもあり、この不思議で特別なうさぎと一緒にいられるのは今だけなんだろうなと。ずっと一緒にはいられない予感がありました。


このうさぎが、大人がどこかに置き忘れてしまった純粋さみたいなものを綺麗なままに持っていて、羨ましいような、眩しいような、そんな気持ちにさせてくれます。

「ねえ、どうしてきれいなだけじゃだめなの? この世界では」

「ぼくは、誰のものでもない。ぼくは、ぼくのものなんだから」


だけど最後、お別れのとき、うさぎはこう言います。

「ぼくは、いままでずっと、ぼくのしたいようにしてきた。(中略)これだけはどうしようもないんだ。誰にだって、自分では決められないことがあるんだ」

今までの夢のような出来事の数々と、幻想的な雰囲気の文章の後に出てくる、この現実を思い出させるようなセリフがとても印象的でした。

夢の終わり、子ども時代の終わり、誰にでも訪れる生の終わり……思い浮かべることはいくつもあります。正解は分かりませんし、正解が用意されているのかも分かりません。

現実を思い出させると書きましたが、それと同時にそれとは反対のメッセージを私は受け取りました。どうしようもないこともある現実だけど、そうじゃないところでは夢を見たっていいし、自分らしく生きていいんだってこと。


うさぎとの別れは寂しくて切なくて、でも夢のようだったけど夢じゃなくて、心の中にはずっとうさぎがいる。

かつてうさぎが「来たことがある」と言っていたあの海で、「ずっと未来」で二人がまた会えることを願うばかりです。

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